「ぼくがラーメンたべてるとき」を読んで
テラコ
わたしがラーメンを食べているとき、兄もとなりでラーメンを食べている。
父はテレビを見ながら寝転がり、母はラーメンをつくるのに使ったお鍋を洗う。もしかすると、どんな食事のときでもご飯を食べたがる兄のために、チャーハンを作っているかもしれない。
わたしは「あついね」と言いながら、ふぅふぅと湯気をちらし、兄も「あつい」と言いながら、ずずっと麺をすするだろう。
鼻のあたまに汗をかき、扇風機ではふきとばせない熱を追い払うためにクーラーをつける。
母に「一緒に食べないの?」と聞けば、いつものように「作るだけでお腹いっぱい」と笑うはずだ。
そんなあたりまえの、ラーメンを食べている時間。
隣の家の赤ちゃんの泣き声を聞いて、元気だなぁと思うかもしれない。
近所の小学生がひくピアノの音を聴いて、上手になったなぁと思うかもしれない。
どこか遠くでほえている犬の鳴き声を聞いて、寂しいのかなぁと思うかもしれない。
だけどわたしは、ラーメンを食べているときに、聞こえてこない音のことに考えをめぐらせたりしない。
なにか嬉しいことがあって笑っている人や、なにか悲しいことがあって泣いている人のこと。心を動かされて涙する人や、泣くこともできずにただ呆然とする人のことを思ったりしない。
どこか遠くの国で倒れている男の子のことなんて、ラーメンを食べていないときだって考えないかもしれない。
だけど、今は違う。
こうして感想文にあたまを悩ませているあいだにも、どこか遠くの名前も知らない国で、わたしよりもずっと小さな、文字もしらない子供たちが、たったひとりで最期のときを迎えているのかもしれない。
その子の上を通り抜けた風が、笑っている人の髪をゆらし、泣いている人の涙をぬぐい、今、わたしの頬を撫でているかもしれない。
文章をあつめてしまえば、きっと1枚の紙で充分に足りてしまう「ぼくがラーメンたべてるとき」
さっと読んでしまえば1分もかからないこの絵本に、わたしは大きく心を動かされた。
こんなにも考えさせられる絵本が、小学校低学年の課題図書だという。
そんな小さな子供たちは、この絵本を読んで、いったいどんな思いを抱くのだろう。
もしもこの本を、さらりと読んでしまっても、今はそれでいいと思う。
ただ「ぼく」がラーメンを食べているときにも、隣の家や遠くの町や知らない国で、何かをしている人がいるのだと感じてくれるはずだから。
だけど、さらりと、けれど重たく残るこの絵本のことを忘れずにいて欲しい。何年後かに思い出して手にとったとき、この本のずしりと重たい部分を感じて欲しい。
そして、できればこの本を読む子供たちの両親にも読んでほしいと思う。子供の読む本だと思わずに、子供たちと一緒に読んで欲しい。
そしていつか、大きく成長した子供がこの本の存在を忘れてしまっていたら
「読書感想文のあの本のこと覚えてる?」
と、ひとこと言ってほしい。
以上、テラコの読書感想文でした☆
ふざけた題名だなぁと思ったけど、ほんとにいい絵本です。
もしよければ、立ち読みしてみてください。
それにしても
これで原稿用紙4枚分・・・
読書感想文て意外と大変ですね(笑)
この記事へのコメント一覧
どれだけ気を配っても、満点って意外にとれないからねー!
負けるなテラコぉ〜!! [削除]
がんばりました!
そしてたぶん勝ちましたよ♪♪
マークシート間違えてなければ・・・(汗 [削除]